2026年1月低山はいかい

新河岸川から「小江戸」川越・蔵造りの町を歩く

20261月28日(水)実施 天候:晴

新河岸駅前〜砂氷川神社〜下新河岸跡〜仙波河岸跡〜仙波氷川神社〜中院・仙波東照宮・喜多院〜富士見櫓跡〜三芳野神社〜川越城本丸御殿〜

氷川神社〜中の堀跡〜時の鐘〜大沢家住宅〜菓子屋横丁〜川越熊野神社


東武東上線新河岸駅から新河岸川へ。江戸時代、新河岸川は川越と江戸を結ぶ重要な水路で、当時は物資の往来で賑わい、船問屋や河岸跡などに現在もその名残を残している。また川には、この時期ならではのダイサギ、コサギ、アオサギ、カルガモ、コガモ、オオバン、ヒドリガモなどの水鳥を観察できた。その後、川を離れ、仙波河岸跡、仙波氷川神社を経て、川越の市街地に入った。まず、開創が円仁といわれ、ともに「星野山無量寿寺」の号を持つ中院と喜多院を訪れた。中院は関東天台八壇林の一つ、狭山茶発祥の地と言われ、島崎藤村の義母縁の寺であり、また、喜多院は徳川家康の参謀、天海大僧正再建の寺で、江戸城紅葉山御殿を移築した客殿や五百羅漢像で知られ、いずれの寺も名刹である。徳川家康を祀る仙波東照宮は諸説あるが、三大東照宮の一つといわれる。

多院での昼食後、天守はないがクスノキの巨木が目立つ日本百名城の一つ川越城の富士見櫓跡、童歌「とおりゃんせ」発祥の地で巨木クスノキの伐採跡が印象的な三芳野神社、本丸の一部で建物が立派な本丸御殿と巡り、市立博物館で休憩。次は氷川神社へ。3名が手を繫いでやっと巡ることのできる太いスギ材の大鳥居をくぐり、太田道灌手植えの矢竹と樹齢600年の御神木のケヤキを見学した。帰りは、敵の侵入を防ぐための中ノ門堀跡、時の鐘、大沢家住宅、菓子屋横丁と巡り、川越熊野神社で解散した。国指定重要文化財の大沢家住宅は1792年建築の商家で、防災機能の高いケヤキの太い梁や桁と柱、厚さ30cmの漆喰の壁が特徴で、過去の大地震にもびくともせず、他の建物の模範となった。菓子屋横丁にはモダンで奇麗な店もあるが、昔懐かしの駄菓子屋が並んでいた。寒い日であったが今回の低山はいかいを通じ川越を良く知ることができた。(写真:上 喜多院慈眼堂(国指定重要文化財)前で、下 川越城本丸御殿前で)



参加者: 氏家(報告)、鳥崎、加古、金谷、久保田、小勝、廣川、丸山、安田 スタッフ:飯塚、入江(幹事)、鈴木、福重